お彼岸で郡山の実家に帰ってきた。
磐越道を小野ICで降りると、雪が舞っていた。
気温は4℃。日立とは5℃違う。
山にまだ芽生えの気配はない。
3月は、季節のズレを一番感じる月だ。
信州富士見町に暮らしてい頃、3月に中央線で新宿に向かうと、富士見から小淵沢、白州、韮崎、甲府、東京と見事に季節が冬から春に変わっていったのを思い出す。
父はまず、最近作ったという羊羹を出してくれた。
畑で育てた小豆を自分で煮て、黒糖を入れて作ったもの。
今年4回目の作品で、今回はちょっとやわらかすぎたかな?と言う。
次に出してくれたのは、人参リンゴジュース。
母のガンが再発し、あまりものが食べられなくなった時に人参リンゴジュースがいいと聞いて、低速ジューサーをプレゼントした。
それを今は父が愛用していて、行くと必ずこのジュースを飲ませてくれる。
人参は、父が畑で育てたもの。
リンゴは、母の実家で穫れたものだ。
3番目に出してくれたのは、ブリ大根。
昨日、大根を米のとぎ汁でゆでこぼしてから、ブリのあらと一緒に数時間煮たという。
大根は、きれいに面取りしてあった。
お昼頃には、近くで暮らす叔母が来てくれて、混ぜご飯を作ってくれた。
亡き母の得意料理だ。
テーブルには、たくさんの料理が並んだ。
父が作ったイカニンジンも出てきた。
帰りには、父の手作りの品と野菜を持たせてくれた。
昨年12月、父の喜寿のお祝いを北茨城の二ッ島観光ホテルでやった。
その時、父にお祝いに何がほしいか尋ねたら、何もいらないという。
遠慮しているのではなく、実際これ以上何もいらないのだと思う。
自分の田畑で米と野菜を育て、食べたいものは自分で作り、人にどんどんあげる暮らし。
買う暮らしと、作る暮らしは、まったく違うのが、農家で育った私はよくわかる。
例えば、中学生の頃私は、毎夕、畑で穫れたばかりのトマトを大量に使って1リットルくらいミキサーでトマトジュースを作って飲んでいたが、これを買ったトマトでやったら500円はかかるだろう。
夏のおやつは、山盛りのトウモロコシと枝豆だった。
畑で野菜を育てていると、たくさん穫れるので、それがぜいたくでもなんでもないが、お金で買ってそれを実現しようとすれば、すごいお金になる。
私の農業の先生の村越さん(小田原で生き物共存実験場を主宰)は、1人5アールの田畑があれば自給できると、それを実証するための実践をしていた。
20代の頃、信州から小田原に時々通って、一緒に作業をさせていただきながら、山に野菜を育てるなどの実験を見せていただいた。
5アールとは、10m×50m。
わが家は3人家族だから、30m×50m。
これだけの田畑があれば、米も野菜も自給でき、あまった野菜は、人にあげられる。
みなが自分の家族が食べられるだけの田畑を耕し、あまったものはどんどん人にあげるような暮らしになったら、豊かな世界が広がっていくだろうと夢想する。
お金による交換ではなく、贈り合う暮らし。
人口が減り、荒れた農地がどんどん増えているのだから、実現しようとすればできないことはない。
お金を使うのではなく、ものを贈り合うことで回っていく暮らしが、一番の消費税対抗策だろう。